2009年02月21日
マヨネーズの話
↑1925年当時のラベル
雑誌にマヨネーズ誕生の話が載っていたので、紹介します。
1912年(大正元年)、缶詰会社に勤めていた中島董一郎(29歳)は、
農商務省(今の農林水産省)の海外実業練習生としてイギリスへ渡る。
その船のなかで、彼はマーマレードに出会う。
当時の日本のジャムといえば、りんご・苺・杏くらいなもんだった。
甘みとほどよい苦味のマーマレードは船内の日本人にも大好評だったとか。
早速彼はイギリスの下宿先の老婦人に作り方を教わった。
それが後のアヲハタのマーマレードを生むきっかけとなったそうだ。
*ちなみにアヲハタとは・・・彼がイギリスで見たオックスフォードとケンブリッジのボートレースでみた
両大学のスクールカラーの青から命名されたそうです。
イギリスで彼は鮭・カニの市場調査をしていたが、第一次世界大戦勃発でアメリカに行くことになる。
アメリカでは野菜サラダが日常的に食べられていた。
その調味料はマヨネーズだった。
実習生の彼にとって、マヨネーズは大事な栄養源だったのである。
1909年。アメリカでローズ・オニールがキューピーというキャラクターを生み出す。
アメリカのは主にイラストを中心とした人気だった。
日本は、セルライトの人形を作っていた経緯もあり、人形を中心とした人気が定着していった。
キューピーは長い時間をかけて日本独特のスタイルに変化していき、今は日本の文化のひとつになっているとか。
1925年(大正14年)マヨネーズを発売するにあたり、中島は幅広い層に愛される商品になりようにと
キューピー・マークを採用したそうだ。
彼の作ったマヨネーズは、輸入品の2倍の卵黄を使用していて、これがご飯を中心とした和食ともあうのだとういう。
中島さん、ありがとう!
Posted by わかばかん at 13:54│Comments(0)
│世間話
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。